三重大学病院のMC実践事例

看護管理者の育成へ

2020年8月28日に開催された看護管理学会の「インフォメーション・エクスチェンジ2」にて、三重大学医学部附属病院(以下、三重大学病院)の看護部管理室の皆さんが、「自律的で持続可能な看護組織をつくる」というテーマで発表を行いました。

この発表は、組織的にマネジメント・コンパス(MC)を導入・実践してきた三重大学病院の取り組みが、具体例を交えてわかりやすくまとめられていました。この発表内容をもとにした報告記事を三重大学病院の皆さんにご寄稿いただいたため、本サイトにて紹介することとしました。

三重大学病院がMCを導入した理由

私たち三重大学病院の看護部管理室では、「看護管理者がどうやって学んでいけばいいか」「管理室は看護管理者をどのように育てていけばいいか」ということに常に問題意識を抱えていました。

その問題意識を具体的に記述すると、以下のようになります。

そこで私たち管理室は、2015年度文部科学省委託事業「看護管理者の継続学習指針の推進」プロジェクトに参加することを決めました。それ以来今日に至るまで、「持続的な看護組織を考える研究会」の主要メンバーとして、「学習する組織とは何か」について考え、「自律的で持続可能な看護組織をつくる」ことを目標に日々模索しているところです。

MCチャートを使った副部長による師長の支援の実例

MCチャートは看護部(当院においては看護部管理室)が師長と対話を重ね、部署の管理方針(目標+問題)を互いに納得できる形に落とし込むためのツールであり、MCの組織的導入の根幹をなすものです。そこでこの発表では、MCチャートを通じて、管理室と師長が、部署の目標をどのように共有していったのかを、循環器内科の病棟の事例をもとに紹介します。

循環器内科の師長と副部長のやり取り

看護部管理室は当初、MCチャート上で「心疾患に対する専門性の高い看護師を育成する」という目標を示していました。

この目標には、「当院は特定機能病院として、重症心不全の集学的治療が今後求められるようになる。そこで、経験年数の浅いスタッフが多くても重症心不全の治療に対応できるような病棟になってほしい」という意図が込められていました。

さて、副部長と師長が部署目標について話し合うための面談の機会がやってきました。

副部長

こんにちは。この部署のMCチャートに、看護部からこの部署に期待する目標について示しておいたのですが、見ましたか?

(目標を確認はしたけれど、何を求められているんだろう?具体策がわからないなあ…)

はい、見ました。あの目標って、慢性心不全認定看護師の研修に誰かを参加させればいいってことですか?それとも、心疾患に関した勉強会とかを計画したらいいんですか?

師長
副部長

(ああ、あれだけでは私たちの意図が全然伝わっていなかった…!しっかり私たちの思いを伝えて、話し合わなければ。)

副部長

研修や勉強会といった特定の手段にとらわれるのではなくて、病棟全体で、重症心不全患者の看護の質を高めていく方法を、話し合いながら考えてみてほしいんです。

この部署だったら、みんなで一緒に考えて取り組んでいけるはずだから、まずは管理室としての思いを伝えますね。師長さんの考えも私に聴かせてください。

看護部として、目指してほしいと思っていることは…(この目標に込められた意図を伝える)

なるほど、そういうことだったんですね!MCチャートに書かれた言葉だけ見ると、認定看護師を育成することを求められているんだと思ってしまって、そういう意図があったとはわかりませんでした。

師長
副部長

私の書き方では、意図を十分伝えることができていなかったみたいですね。

さあ、次は師長さんの考えていることを聴かせてください。

それに合わせて、この目標を、部署のスタッフにわかりやすく、より取り組みやすくなる表現に変えていきましょう。部署のみんなが、「よし、取り組もう」という前向きな気持ちになることが大切だと私は思っているから。

(あれ、私の考えていることや思いを言ってもいいんだ!それに、示された目標は、私たちにわかりやすいように書き換えてしまってもいいんだ…!なんだか、今までの面談とはちょっと違う気がする。よし、副部長に、私たちがやりたいことを伝えてみよう。)

じゃあ、うまく話せないかもしれませんが、聴いてください。 私たちの部署では、できることや役割が異なっていても、スタッフ誰もが考えて、力を合わせてやっていけるようになりたくて~(とりとめのない内容が続く)

師長
副部長

(師長が心を開いて、話をしてくれる気になったようだ。嬉しいな。でも、ちょっと抽象的すぎて、わかるようでわからない…。そうだ、もっと事実に基づいて、具体的に話してもらおう!)

MCチャートの右側の「自発的な目標」のところにも、今話してくれたようなことが書いてありましたね。それを、「心不全患者の看護」という話に沿って表現すると、どうなりますか?「誰がどんなふうになってほしい」とか、そういうふうに具体的に話してもらえたら、私ももっと師長さんの思いがわかるようになると思う。

(最近、副部長からよく「誰が言っているの?」とか「それは事実なの?思い込みの可能性はない?」と質問されるようになったな。今回も、「誰が」ともっと具体的に話した方がいいみたい。)

ええと…。具体的に言うと、例えばベテランスタッフは、経験の浅い看護師に対して、知識や技術を高めることばかり求めてしまう。でも新人看護師は、患者さんの日常生活に関するいろいろな情報を持っているんです。その情報をどうケアに活かせばいいかよくわかっていないだけで。

だから、ベテランと新人が一緒に、そのせっかくの情報をケアプランに結びつけて考えることができる…そんな病棟になればいいなと思っています。

師長
副部長

なるほど!すごくよくわかった。経験年数に関わらず、お互いにできることを尊重しあいながら、共にケアをする…という感じだね。

そうなんですよ!

師長
副部長

できる看護師だけが頑張る、というのではなくて、様々な経験を通じてみんなで学びあえるようなチームになったらいいね。じゃあ、MCチャートの右側にはそんなふうに書いてみましょうか。

ここから40~60分ほどかけて、目標をより良い表現にブラッシュアップするための話し合いを行いました。

管理室が最初に示していた目標「心疾患に対する専門性の高い看護師の育成をする」は、

副部長と師長の合意のもと、「心不全患者が増えてきたときに対応できるチーム(病棟)になる」という目標に書き換えられました。

循環器内科の師長と副部長のやりとりのまとめとポイント

話し合いのまとめ

「師長に管理室の意図が十分に伝わっていない」と感じた副部長は、まず管理室としてその部署に目指してほしいことは何か、ということをしっかりと語りました。

また、目標は看護部が記載したとおりでなくても、スタッフにわかりやすい表現に書き換えてもよいと話しました。


これにより師長は、「この面談の場では、自分が考えていることや思っていることを副部長にきちんと聴いてもらえそうだ」と感じ、自分たちがやりたいことを伝えてみようと考えました。

師長は、自分がこの病棟をどんな病棟にしていきたいかを副部長に話しました。しかし、その内容はとりとめがなく、副部長にとってあまり伝わりやすいものではありませんでした。

そこで副部長は師長に、事実に基づき具体的に話すことを促しました。


師長はこの副部長の言葉により、主語を明示しながら「どのような状況を見て何を思ったのか」と具体的に語ることの重要性を思い出しました。

そうした点に気をつけ、テーマを絞って話をすることで、師長は自分の思いが「スタッフの経験年数に関わらず、お互いできることを尊重しながら、共にケアができる病棟」というものであることを認識し、副部長にもその思いがしっかりと伝わりました。


このやり取りによって、共に「より良い目標」について前向きに話し合うことができるようになり、互いに「心不全患者が増えてきたときに対応できるチーム(病棟)になる」という目標で合意することができました。

副部長が気をつけたこと

面談の際、師長と建設的に対話するために副部長が心がけたポイントは、以下のようなものでした。

看護部(看護部管理室+部署)のマネジメントの変化

MCチャートを使い、循環器内科病棟で行ったようなやり取りを繰り返していった結果、当院の看護部(看護部管理室と各部署)では次のような変化が起こりました。

職務満足度調査の結果では、「自己効力感」など、仕事に対する前向きな気持ちを表す項目について、年々改善傾向がみられるようになってきました。

管理室も師長たちも「今までと何かが違う」という手応えを感じるようになっています。

師長と管理室が共に変化したこと

「持続的な看護組織を考える研究会」が開発・提唱している「看護管理者の継続学習指針」では、問題解決を支える態度・スキルとして「リフレクティブな姿勢」「論理的思考」「対話的な姿勢」の三つを挙げています。

MCチャートを介した話し合いを続けた結果、当院の看護部に起きた変化は、まさにこの三つの姿勢に当てはまるものでした。

リフレクティブな姿勢

これまで以上に副部長と師長がよく意見を交換し合うようになりました。結果として相手の考えをよく聞き、理解できるようになりました。

それにより、「これまで自分が考えていたことは、自分の思い込みではないのか?本当に正しいのか?」とよく振り返るようになり、自分以外の意見や価値観に注目するようになりました。


論理的思考~事実と推測を分け、事実に基づいて考える~

また、「自分の考えは本当に正しいのか?」を振り返るために、「自分の言っていることは事実なのか、それとも推測なのか」をしっかりと分けて考えるようになりました。

それにより、これまでは事実ではなく単なる推測に基づいて計画立案を実施してしまうことが多かった、ということに気づかされました。


論理的思考~物事をより細かい要素に分解し、正しい順序に並べる~

さらに、今目の前に生じている現象について、どのような要因が絡み合っているのかを根気よく分解し、構造や物事がどのような順序で起きているのかを把握するようになりました。

そして、その一つひとつについて原因を分析しつつ、一つの原因や解決策に固執するのではなく、他にも思い当たる原因や解決策がないか見渡すようになりました。


対話的な姿勢

自分が思い描いていることについて、相手も同じようにイメージできているか、ということを重視した話し合いができるようになりました。

これにより、お互いの考えをしっかりと具体的に共有できるようになったと感じます。

師長と管理室の具体的なビフォーアフター

次に、師長と管理室のそれぞれの具体的な変化について、表形式で紹介します。

おわりに~正解のない世界と向き合う~

私たち三重大学病院の看護部は、「自律的で持続可能な看護組織」を目指しています。

看護組織や医療機関を取り巻く昨今の厳しい環境においても、皆が自律的に「今、何が必要か」を考え、良い看護を提供し続けていく、そんな組織になっていきたいと考えています。


非常に複雑で変化の速い現代社会に生きる私たちは、何が正解なのか、何を信じて進めばよいのかわからない不確実な状況に日々直面しています。

このような状況に対して、「上が決めたことを下が愚直に実行する」という上意下達型の硬直した組織ではなかなか対応が追いつきません。互いに自らを振り返り、支援し合い学び合いながら変化に対応し進んでいく「学習する組織」になっていく必要があります。


このことは決して、学習する組織になれば「正解」がわかる、ということを意味するものではありません。私たちにできることは、わかりやすい答えや手段に飛びついてまっすぐに突き進むのではなく、紆余曲折や試行錯誤を繰り返しながらも、それを振り返って意味づけ、解釈し、「正解らしきもの」の影を追い求め続けることです。


三重大学病院では、面倒で時間がかかったとしても、組織の皆が互いに納得のいくまで話し合い、小刻みながらコツコツとしっかり前へ進んでいくことに日々意識して取り組んでいます。これからも、「自律的で持続可能な看護組織」の実現を目指して、地道な活動を続けていきたいと考えています。

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