江南厚生病院のMC実践事例

学び合える組織を目指して

2021年8月29日に行われた第25回日本看護管理学会学術集会の「インフォメーション・エクスチェンジ」にて、JA愛知厚生連江南厚生病院(以下、江南厚生病院)の看護管理室の皆さんが、「江南厚生病院におけるマネジメント・コンパスの取り組み」というテーマで発表を行いました。

この発表内容をもとにしつつ、発表内では報告できなかったことも交えた報告記事を江南厚生病院の皆さんにご寄稿いただきました。

私たち江南厚生病院によるマネジメント・コンパス(以下、MC)の導入の経過は三つの段階に分けることができます。順を追って述べていきたいと思います。

1:CNMLの養成とPDPの導入

看護管理者の育成という課題――看護部長・副部長がCNMLに

私たちが院内にMCを導入することとなった発端は、2015~2017年度に日本赤十字社医療センターを中心に実施された文部科学省委託事業「看護管理者の院内継続教育の開発」の報告冊子が郵送されてきたことでした。

私たち看護管理室は、冊子の内容に深く共感しました。看護管理者はファーストレベル・セカンドレベルの研修に参加し、知識を詰め込んではいるものの、それらの知識が現場で活かしきれていないということに課題を感じていたからです。

冊子の内容に共感した私たちは、看護管理の実践を学ぶために、上記の文部科学省委託事業で行われていた「臨床看護マネジメントリーダー(CNML)養成実証講座」に2016~2017年度の2年間参加しました。この2年間で、看護部長・副看護部長の全員がCNMLの資格を取得しました。


PDPの導入――大事なのは「困りごと」に気づく力

2017年5月には平林講師を招き、院内でPDP研修を行いました。PDP研修という名前ではなく、課長・係長を対象とした「問題解決能力」というテーマでした。

研修後のアンケートでは、すでに講座に参加していた部長・副部長だけでなく、課長・係長からも、「研修内容は非常にわかりやすく、理解しやすいものだった」という声が多くありました。問題解決というと一般にノウハウや手法を学ぶという印象がありますが、まずは「困りごと」に気づくことが大切であり、そこから解決に向けて一歩ずつ進んでいくという考え方が、腑に落ちたようでした。

2018年1月に再度、院内で同内容のPDP研修を実施しました。これによって、よりPDPの考え方が院内に浸透しました。その後は、院内でも継続的にPDP研修を実施しつつ、課長・係長も自主的に院外のCNML研修に参加するようになっていきました。その結果、江南厚生病院には17名のCNMLが在籍しています(2019年時点)。

2:PDPの定着

PDPの反復・継続から定着へ

2017年に院内でPDPを導入後、2018年からは課長会で定期的にPDPワークを実施してきました。CNML資格を持つ部長・副部長がファシリテーターを務め、毎月1回、1時間のPDPワークを行いました。

始めた当時はなかなか「困りごとの整理」で「真の困りごと」までの論理の流れを作れなかったり、「なぜ?」と掘り下げて聞いてしまったりと、「す・じ・こ」までたどり着かないことが多く、ファシリテーションが課題でした。現在でもそういうことはありますが、とにかく数を重ねて慣れていきました。


課長たちの「脱皮」

そんなとき、課長たちに「脱皮」とも呼べるような出来事が起こります。しばらくの間、PDPワークは部長・副部長がファシリテーターを務めてきたのですが、2019年頃、課長たちが「自分たちだけでPDPをやりたい!」と発言してきたのです。

そこで2019年の後半からは、PDPワークは課長だけで進めることにしました。すると、課長たちが「部署間応援」「時間外勤務の付与」などの現場の問題を自分たちで発見し、部長・副部長に対して積極的に問題提起や解決策の提案をしたりするようになっていきました。

結果として、PDPから問題解決の道筋ができているという手応えが得られましたし、リーダーシップを取れる課長も出てきて、看護管理の変革がうまく進んでいるという実感を得ることができました。

自立を妨げていたのは管理室?

同時に、看護管理室の問題点にも気づきました。私たちはそれまで課長への支援の際、「こうした方がいい」と口を出しすぎ、自立を妨げていたと気付いたのです。この反省のもと、その後は相談しにきた課長への対応などを副部長同士で互いにレビューし合い、支援のあり方を考えるようになりました。

現在では、「今、どう考えていますか?」と課長に聞いて発言を促したり、「その考えはいいですね」と課長たちの考えを承認したりする機会が増えました。

PDPを使いこなす

その後もPDPは徐々に範囲を広げて実施しています。現在、係長研修では課長がファシリテーターとして入り、年4回程度PDPワークを行っています。固定チームリーダーとサブリーダーの研修にもPDPを取り入れました。2020年の後半からは、部署の中で自主的にPDPを実施している様子も見られるようになりました。

当初は上からの号令として制度的に実施していたPDPですが、現場で働くスタッフ一人ひとりが「便利だな」、「これまで抱えていた問題を整理できて、スッキリしたな」といった体験ができるようになり、「次もPDPをやってみよう」「私たちもPDPを取り入れて対策を立ててみよう」と思えるようになったのだと思います。達成感を積み重ね、使い慣れていくことで、新たに挑戦しようという気持ちになっていくのだと、手応えを感じています。

3:MCの導入

「困りごと」から「目標」へ

2019年7月に、平林講師を招いて院内でMC研修を行いました。PDPでは困っていて、へこたれているところに焦点が当たりがちですが、MCでは「水準以上ができているところは高みを目指そう」という考え方が出てくる点で、目標管理に取り入れやすく感じました。

以後、MC研修は毎年継続して開催しており、課長・係長からも、「部署の管理方針が可視化され、部署内での問題や課題が明確になるとともに、情報共有もできた」「目標と問題を可視化し、優先順位を決めてやっていけそうな気がした」などの反応が得られました。

2020年1月にはMCサーベイを実施しました。MCサーベイを実施してみると、当院には元気のある部署も複数ありました。MCの考え方に沿って、それらの部署がより高い目標に取り組むことができれば、もっとスタッフのモチベーションが上がるのではないかと期待が持てました。

MCチャートを通じた「目標」の設定

2020年の目標設定からMCチャートを使用しています。MCチャートを使い始めてみて、私たちはこれまで、個人の目標管理と、看護部全体の方針は示していても、各部署に求める目標を明確に伝えてはいなかったと気付きました。

そこで、担当の副部長が中心となり、まずは各部署のMCチャートの左上(「外発・目標」)について、課長と対話しながら、各部署に求めることを具体的に説明しました。その対話をもとに、課長は自分のやりたいこととすり合わせて、もう少し具体的で部署の現実とも適合した目標を設定し、それをチャートの右上(「自発・目標」)に移行してから取り組むようにしました。

2021年度の看護管理室の目標

また2021年度は看護管理室もMCチャートを作成して取り組んでいます。まず、「課長が自部署の目指す看護について、事例をベースに語ることができる」という目標を立て、そのためのロードマップとして、自部署の「チャンピオン事例」と、「悔いの残った事例」について発表する機会を設けることにしました。これらの事例を語ることを通じて、自部署の目指す看護が言語化されると考えたからです。実際に、4月の看護部運営会議にて、4~5人のグループに分かれてそれぞれ発表を行いました。

MC導入当初は、各部署から「やりたい看護」「自分が大事にしている看護」を出してもらっても、事例に基づいた具体的な話ができていませんでした。しかし、「チャンピオン事例」の発表を経て、これらの事例をふまえた対話を重ねることで、各部署の特徴が出たリアルな目標に落とし込めていると感じています。

現在は、「課長が部署の目指す看護を楽しみながら実践できる」という目標を掲げ、ロードマップを立てて取り組んでいます。

ファシリテーター養成という課題と対策

今後の課題としては、PDCAまで支援できるようなファシリテーターを養成していくことが挙げられます。現状、PDPであれば「す・じ・こ」までで満足してしまい、細かいアクションプランを立て、実行しているかどうかまでは支援できていないと感じています。

そのための解決策として、今年度は「自慢できる発表会」と称して、各部署がアクションプランをどのくらい進められているか、進めた結果どうなっているのかを自慢する会を計画しています。この会は、現在、看護管理室で掲げている「課長が部署の目指す看護を楽しみながら実践できる」という目標にもつながっています。

課題に対する活動が成功していると実感するためには、多くのスタッフからの承認を得たり、他のスタッフが課題にどう取り組んでいるのかを理解したりする機会があった方が良いと考え、この会を企画しました。「自慢して良いんですか!」と楽しそうに取り組んでいる様子なので、成功を願っています。

終わりに:PDP・MCの導入後の変化と、今後の展望

「看護管理者の継続学習指針」では、問題解決を支える態度・スキルとして「リフレクティブな姿勢」「対話的な姿勢」「論理的思考」の三つが挙げられています。

PDP・MCを導入した結果、当院の看護部に起きた変化も、この三つの姿勢に当てはまっています。

リフレクティブな姿勢

2019年の課長たちの「脱皮」の時期から、課長同士の横のつながりで問題提起をしたり解決策を提案したりしていこうという「渦」ができてきたと感じています。この頃から、課長クラスの現場リーダーの中に自立心が芽生えてきたと同時に、管理室側も、「私たちが出過ぎていたのかもしれない」「任せられるところは任せたほうが良い」と、自分たちの姿勢や価値観を振り返るようになりました。

対話的な姿勢

MCチャートの導入後は特に、管理室が前向きな目標について課長たちの考えをよく聞くようになりましたし、課長たちも、困ったことやわからないことがあれば部長・副部長に声をかけやすくなるなど、相互のコミュニケーションが格段にしやすい関係性になりました。

また、各部署の看護管理者が目指している看護への熱い思いが理解できるようになりましたし、看護管理室からの期待と、各部署が取り組みたいこととのすり合わせができるようになりました。

論理的思考

MCチャート導入後は、課長たちと自部署の目指す看護や部署の取組み、必要な支援などについて、事例に基づいた具体的な対話や承認、提案ができるようになってきました。課長や係長も、事例を語ることで自分の大切にしている看護が整理でき、明確になったと、笑顔で語っていました。以前は互いに、目標や困りごとに対して言語化が不十分なまま推測で話していたのだと気づきました。

さらに、近ごろMCチャートのカードの書き方が洗練されてきたと感じています。これについては、ファシリテーションが成功しているという実感はあまりないのですが、PDPやロードマップを繰り返していくなかで、「これは手段」「これは状態」と一つひとつの困りごとや目標を分析し、論理的に考えようとする着眼点が定着してきたのでしょう。最近では課長たちからも「これは手段」「これは状態」といった声が聞かれるようになってきたので、反復して学習することの大切さを感じています。

“組織全体で学び合える組織”に

今後は、今の良い流れをもっと院内全体に定着させていきたいと思っています。今、管理室と課長の間でうまく行っていることが、徐々に各部署内の課長とリーダーの間にも波及していき、組織全体で染み渡るようにできていくようにしたいです。さらに、上司と部下だけでなく、横のつながりもでき、“互いに学び合える組織”になりたいと考えています。看護管理者の様子を見て、「課長さんたち、管理室と話し合って楽しそうにやっているね」と、スタッフ全員が活気づいていくことが理想です。

そのためにも、「上下関係なく“組織全体で学び合える組織”になろう」、「バッドニュースも受け止められる組織になろう」というメッセージを、これからも発信し続けていきたいと思います。

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三重大学病院のMCの取り組み(2021年10月10日)