用語集
MCチャート
組織の課題(目標・問題)を1シートで可視化する
MCチャートは、「目標達成/問題解決」と「外発/自発」という2つの軸のマトリクスになっています。「外発」は組織・上司等からもたらされるものや、部下に気付かされるものを指します。対して「自発」は自分(たち)自身が気づき、設定したものを指します。「目標」と「問題」の違いについては、このページの六つ下の項目を参照してください。
この4つの観点に関して、上司(看護部)や部下(主任・副師長等)と対話しながら書き出し、部署の課題を可視化することが、MCチャートを作成する目的となります。実際に、部長・副部長の支援が得られる場で師長さんのワークを行った医療機関では、左上の「外発的な目標」について活発なやり取りが見られました。看護部長も、普段はなかなか自分の言葉で部署に対する期待を伝えられていなかったのですが、このチャートに課題を書き出すという営みを通じて、改めて師長と語り合い、対話する機会になったと振り返っていました。
このチャートをつくる過程自体が「組織学習」の重要な機会であり、さらに作られたシートについて上司・同僚・部下と対話しながら具体策について考える過程が、また学びの機会となっていきます。ですから、チャートは常に書き換えられていくことになります。年度のはじめに課題を書き出したとしても、それらについて対話するうちに表現が少しずつ変わったり、新たな課題が見出されることもあるでしょう。チャートが常に更新され、課題が少しずつ解決されていく過程が「マネジメントの実践」であり、「組織学習」を進めていくことであるといえます。
PDP (Problem-Discovery Process)
「困りごと」を分析し、「す・じ・こ」な解決策を見つけ出すための問題解決支援フレームワーク
「これが問題だ。だからこう解決しよう」とすぐに思いつく場合、人は困ることがありません。しかし、こうした「問題」がいくつも複雑に絡み合い、すぐに思いつく解決策が通用しなくなってしまうと、何をしたらいいかわからず、初めて「困った」と感じるのです。大勢のスタッフが連携して働き、高度で煩雑な業務をこなさなければならない看護の現場においては、生じてくる「困りごと」はとりわけ複雑になります。
そんな看護管理上の複雑な困りごとを解決するため開発されたのが、”Problem-Discovery Process(問題発見プロセス、PDP)”というメソッドです。複雑で大きな困りごとを解決するためには、いきなり原因や解決策を考えではいけません。まずは困りごとを解きほぐし、「この部分なら自分でも解決できそうだ」と思える「問題」を「発見」することがとても重要です。PDPは、問題を発見し、そこから解決策を導いて、すぐに取り組める具体的なアクションプランに落としこむまでのすべての過程を支援する問題解決メソッドです。
問題解決をするとき、「壮大で抜本的な解決策を設定しよう」とか、「自分一人で問題を解決しなければならない」などと気負う必要はありません。周囲の人に「困った」という気持ちを共有し、PDPのフレームワークに沿って一緒に考えれば、「今踏み出せそうな小さな一歩」を見つけることができます。そんな小さな一歩を積み重ねて、「昨日より今日は少し良くなっているな」と思える職場環境を作っていきましょう。
ロードマップ
目標達成までの道筋をチームに示す、中長期計画を策定するためのフレームワーク
問題解決型のアプローチに用いるPDP は「すぐに着手できる次の一歩」に焦点を当てることがねらいとなっていますが、ロードマップの策定では「目標に到達するまでの道のりの全体像」を示すことがねらいとなっています。
計画に取り組む人は「目標が達成された状態」をまだ見たことがないため、「これを目標にしましょう」と言われても具体的なイメージが湧きにくく、どうやって達成すれば良いかわからない場合も多いでしょう。また、「今すぐ何とかしたい」と感じる困りごととは違い、高い目標に取り組む必然性や強い動機があるわけでもないので、「この道を進めばちゃんとゴールまでたどり着けそうだ」という展望がなければ、歩みを進めようとしません。
だからこそ、多少粗くても全体の道のりを描くことが大事になるのです。
「目標」という日本語訳を持つ主な英単語には、Vision(ビジョン)とGoal(ゴール)があります。
「師長がビジョンを語るのが大事だ」といった使われ方をしますが、このVision という言葉はもともと「視覚、見ること、見えること」といった意味があり、そこから「見えないものを見ること」といった意味が派生し、「実際には存在しない理想像を、まるで見えているかのように思い描く」といった用法が出てきました。
すなわち「ビジョン」は、実際に到達するのが難しいものであっても、みんなが「それに近づくために頑張ろう」と思えるものであれば、示す価値があるのです。
対してGoal は「目的地」という意味であり、実際にたどり着くことができる地点であることが求められます。具体的な「ゴール」にたどり着くための道のりの全体像が「ロードマップ」だと言えるのです。
例えば「この地域に住む人がみんな、家族を看取る時に入院させたいと願う緩和ケア病棟になる」というビジョンを掲げた部署があるとします。すると、「今年度末には、家族が参加するデスカンファレンスを8割の看取り事例で開催できるようになる」というゴールを設定し、そのために「今年度にどんな取り組みを進めていくのか」という2~3か月単位の計画(ロードマップ)を策定するといった関係になります。
目標と問題
問題|困りごと
「問題」とは、事物があるべき姿(最低限の水準)に達していない状況を表す言葉です。問題がある状況は不快であり、早く解決したいという必然性がそこにはあります。そして問題と感じている事象がなかなか解決しないと、人や組織は無力感を感じ、へこたれてしまいます。従って、解決に向けて人や組織が動き出すには「たとえ小さくても、着実に次の一歩を踏み出すこと」が重要です。あれも、これもやらなくてはならない…と思うことは、困っている人にとってはかえって重荷になってしまいます。
「PDP(問題発見プロセス)」のフレームワークは、こうした簡単には解決できない「困りごと」を解きほぐすのに最適化されています。大きくて複雑な困りごとを細分化して、自分たちにも解決可能な、小さな問題を見つけ出し、それに対して「すぐにできる、じつげんかのうで、こうかてきな」解決策を立てることで、具体的で有効な行動計画を策定することができます。
目標
「目標」は、現状をベースラインとして、人や組織がこれから目指す「より良い状態」を示す言葉です。目の前の状況に困ってはいないので、すぐにでも着手しようという必然性は弱くなりがちです。そのため、達成に向けて人や組織が動くためには「目標にたどり着くまでの道筋の全体像を示すこと」が重要です。
組織のリーダーの多くが「目標」、すなわち「私たちのビジョン・目指す姿」を言葉にすることの難しさを感じています。特に看護分野は、組織が目指す姿を数値目標で表しにくいため、どうしても「ビジョンを語って伝える」必要が生じてきます。なんとかビジョンや目標を言葉にしたとしても、曖昧なキャッチフレーズのようになってしまい、具体的に何を目指したら良いかわからない…というケースも少なくありません。
「組織が目指す姿」が伝わりにくいのは、それをまだ多くの人が実際に見たことがないからです。近くにロールモデルになるような人/組織がある場合は、「あの人(チーム)のようになりたいね」と言えば簡単に伝わりますが、リーダーの頭の中にある漠然とした「目指す姿」は、他の誰にも見えません。リーダー本人すらはっきりとイメージできていないことも多いでしょう。
ではどうしたら、組織の内外に「組織が目指す姿」を可視化して示すことができるのでしょうか?
結論から言えば、「現在の姿」と「目指す姿」の差を、一つひとつ具体的に示していくしかありません。多くの人が認識できる「現在の姿」を拾い上げ、「目指す姿」との間にどんな違いがあるのかを言葉で伝えるのです。そうやって「差」を現状の上に丁寧に積み重ねることによって、次第に「目指す姿」が具体化していきます。
この思考を支援するために、私たちは「ロードマップ」を開発しました。グループによる相互支援の中で「目標」と「現状」の差を分析し、現実的なゴールにたどり着くまでの全体像を示すようなフレームワークになっています。
PDCA
「しっかり計画を立て、ちゃんと実行し、きちんと振り返る」――試行錯誤型のマネジメントの手段
PDCAは、P(Plan=計画)、D(Do=実行)、C(Check=チェック、振り返り)、A(Act=改善)の頭文字を並べたものです。A(Act=改善)は少しわかりにくいですが、P・D・Cを繰り返し、螺旋階段のようにどんどん積み上げていくものだと考えるとわかりやすいでしょう。つまり、「しっかり計画を立て、愚直に実行して、やりっぱなしにせず振り返り、うまくいっていなかったらもう一度計画を修正し、改善し続ける」ということです。
最初から完璧な計画を立て、一発でうまくいく、ということはなかなかできるものではありません。取り組む課題が複雑になればなるほど、「失敗したらやり直す」という試行錯誤を重ねていく必要があります。
「しっかり計画を立て、ちゃんと実行し、やりっぱなしにしない」ということは当たり前のことのように思えますが、様々な仕事に追われるなかで、確実にPDCAを回し続けるのは案外難しいことです。
なかでも一番大変なのは「Plan」や「Do」の部分です。問題を解決したり、目標を達成したりするために、通常業務に加えて今までと違うことをやってみるということは非常に骨の折れることです。行動にうつせたとしても、思いつきやその場しのぎの行動になってしまい、それがうまくいかないのですぐに諦めてしまう…ということがしばしば起こります。
思いつきで行動してしまうと、「誰が、どういう目的で、何をするのか」ということも曖昧なので、後からチェックすることも困難になり、PDCAサイクルが回らなくなってしまいます。
実はPDPやロードマップは、PDCAを促進するツールでもあります。PDPでは困りごとを分析し、「す(すぐできる)・じ(自分でできる/実現可能)・こ(効果的)」な解決策を見つけ出し、明日にでも着手できるような具体的な行動計画を立てていきます。ロードマップも、ゴールに辿り着くための一つひとつのステップに対して、「いつ、誰が、どのようなときに、何をする」という、着手しやすい具体的な計画を立てていきます。最初に「何をどう」きちんとした目的と計画が立っていれば、「やったかどうか」「うまくいったかどうか」というチェックもスムーズにできることでしょう。
PDPやロードマップを使って現状を分析し、「あとは何も考えずやるだけ」という状態を作ることで、P・D・Cのサイクルを円滑に進めることが可能になるのです。
論理的思考
物事を正しい順序で整理し、誤解なく正確に他者に伝えるための力
複雑な課題があふれる医療現場で、チームで問題解決に取り組んでいくためには、問題を的確に設定し、周囲に適切に説明する能力が必要になります。つまり、「論理的に思考し、正確に人に伝える」力が、問題解決には不可欠です。
マネジメント・コンパスで「論理的思考」というときには、論理的に思考するだけでなく、「物事の順序を筋道立てて正確に説明/記述する力」のことを含んでいると考えてください。
論理的に考えるためには、物事と物事の関係を適切に捉える力が必要です。物事と物事の関係には、「原因と結果の関係」「目的と手段の関係」などがあります。論理の飛躍がないように、物事の順序を正しく整理していかなければなりません。
また、実際に生じている事実と、そこから自分が推測したことを区別する能力も必要です。
論理的に考えた内容を他者に正確に伝えるためには、物事を正しい順序で筋道立てて説明する力が必要です。また、自分の使っている言葉を相手が違う意味に受け取ってしまうことがないよう、組織内の共通言語を正しく使用することや、物事の前提などの必要な情報を適切に相手と共有することなど、誤解がないように伝え方を工夫する力も必要です。
論理的思考をするには、他者の力が不可欠です。なぜなら、自分が考えたことの論理の飛躍に自分自身で気づくことは難しいことですし、相手に誤解なく正確に伝わったかどうかは、相手と話し合わなければわからないからです。そこで、論理的思考と並んで重要になってくるのが、「対話的な姿勢」と「リフレクティブネス」です。
「看護管理者の継続学習指針」において、問題解決能力を支える柱として「論理的思考」「対話的な姿勢」「リフレクティブネス」の三つを挙げているのは、こうした理由によるものです。
看護管理者の継続学習指針
常に心に留めておける、絞り込まれた学習指針
現在多くの病院が取り入れている、認定看護管理者教育をはじめとする看護管理者教育のプログラムは、看護管理者の能力のベースラインの担保という点で一定の役割を果たしているといえます。
しかし、私たちが行った調査では、認定看護管理者教育の受講経験のある看護管理者から「時間が経つと忘れてしまった」「なんとなく役に立った印象はあるものの、学んだ内容を現場の看護管理にどう活かせばいいのかわからなかった」という声も多く聞かれました。研修で学んだことは研修で学んだこと、普段の仕事は仕事、と切り離して理解してしまい、学んだ知識を日々の実践に落とし込めないでいる可能性が考えられます。
また、管理者に多くのことを要請するあまり、膨大な学習内容が設定されてしまっており、それらを日常的に意識しながら仕事にあたり、日々成長していく…といったことが難しくなっているという現状もあります。
そこで私たちは、日本赤十字社医療センターが文部科学省より受託した「成長分野等における中核的専門人材養成等の戦略的推進」(平成27~29年度)において、様々な医療機関の看護部の方々と話し合いを重ね、看護管理を行うにあたって本当に重要な項目を絞り込み、「看護管理者の継続学習指針」を開発しました。
「看護管理者の継続学習指針」の数少ない項目を、普段の看護管理と結びつけながら繰り返し学び続けることで、多忙な看護管理者も無理なく能力を高めていくことができます。
マネジメント・コンパスを構成する一つひとつのフレームワークは、それらを日常的に実践することにより、自然と「継続学習指針」の項目が身につくように設計されています。マネジメント・コンパスを導入して組織的に実践し、試行錯誤を繰り返すことで、看護組織は「学習する看護組織」へと少しずつ変わっていくことができるでしょう。
リフレクティブネス(リフレクティブであること)
「自分に何か変えられることはないか」と振り返る姿勢
「リフレクティブネス」は、「自分のあり方・考え方・行動などを(率先して)変えることで、他人や組織を変えようとする態度」を意味します。
「論理的思考」を身につけ、「対話」ができるようになると、現状が正確に分析できるようになるでしょう。
しかし、それによって「病院の制度上の問題だからどうしようもない」「あの人は何を言っても聞かないから」「あの部署/職種がきちんと動いてくれないから」などと、誰かのせいにばかりしてしまうと、現状は何も変わりません。
そうした現状を受け入れたうえで、それでも自分たちに何か変えられないか、何をすれば状況を少しでも良くできるのか、と考える姿勢が必要なのです。
困難にぶつかった場合、人はしばしば外部に原因を求め、他者を変えることで解決しようとします。
しかし、自分のあり方は果たして正しいのか、他の原因やメカニズム、あるいは他の解決策があるのではないかと反省的に考え、物事に対するとらえ方を変えてみることで、視野が広がり、新たなアプローチが見つかることがあります。
この姿勢を持つことが「リフレクティブであること」です。
ただ、一人ひとりが自力でリフレクティブになれるに越したことはないのですが、特にリーダーシップを執る立場になると、ある程度自分を信じて(信念を曲げずに)物事を推進することも求められるようになります。
「揺らがないリーダーであること」と、「リフレクティブな管理者であること」の両立は、決して簡単なことではありません。
ですから、管理者同士がリフレクティブであれるように、互いを支援し合うことも重要です。
対話
立場・意見・知識・情報などに「違い」がある者どうしが、わかりあうために言葉を交わし合う営み
対話は、日常的な「会話」「おしゃべり」ではありません。また、議論をしている者同士ではなく、それを聴いている第3者を説得するために行われる「ディベート」も、対話とは異なるものです。
対話とは、ある論点(課題)について、持っている情報・知識・意見・価値観などが異なる者同士が、対等な立場で自分の考えを出し合い、互いが納得できる結論を出すというコミュニケーションのあり方のことです。互いの違いを尊重し合いながら、他者と相互理解を深めていく行為だといえます。
組織に所属する一人ひとりが対話的な姿勢を持つことは、組織学習に取り組むうえで最も重要な要素だといえます。なぜなら、様々な要因が絡み合った複雑で大きな問題を解決し、組織の皆で学び合っていくためには、立場の異なる人たちが、それぞれの知恵を合わせて共に考えていくことが不可欠だからです。
リーダーや上司が「私の言うことはつべこべ言わず聞きなさい」と一方的に押し付けるコミュニケーションをとっていたり、口では「何でも言ってほしい」と言っていても、スタッフが正直な意見を言うと、否定したり怒ったりする、といった態度でいると、スタッフは「どうせ話を聞いてくれない」と思ってしまい、対話的な学び合いは難しくなってしまいます。
組織やチームの対話を促進するための非常に重要な概念として、「心理的安全」があります。「心理的安全」については、三つ下の項目で詳しく説明しています。
学習する組織
試行錯誤の過程や結果を共有し、多様な変化に対応できる組織
まず「学習」という言葉の意味を確認しましょう。「学習」とは、状況や環境の変化に適応していく営みのことです。何か正解のある知を学んで身につける「勉強」とは異なり、正解のない試行錯誤的な営みだといえます。
それではなぜ、看護の世界で「学習する組織」という言葉が注目されているのでしょうか?
その要因の一つに、看護は人が組織的に提供するサービスであるがゆえに、看護マネジメントの課題の多くが「人と組織」に関連したものになる、という点が挙げられるでしょう。そして、人と組織の課題のほとんどは、先ほど言ったような、正解のないなかで試行錯誤をする「学習」によって解決されます。つまり「看護管理」のかなりの部分を「学習のマネジメント」が占めているのです。
では次に、「学習する組織」について考えましょう。「学習する組織」とは、正解のない現実世界と向き合う組織のあり方のことを指しますが、これは個人の学習とはどう違うのでしょうか?
コロナ禍に最初に直面した頃のことを思い出していただければわかりやすいかと思いますが、正解のない状態では、人はまず何か仮説を立てて、あるいは従来の方法で物事に対処しようと行動を起こします。そして行動を起こすと、必ず困難や障害に直面するでしょう。このとき、自分たちの営みを振り返って、その困難や障害を乗り越えるべく試行錯誤すると思いますが、この試行錯誤こそが学習です。
しかし、個人や一部の人たちの中だけで試行錯誤していたのでは、「学習する個人(の集まり)」に留まってしまい、「学習する組織」にはなりません。試行錯誤の過程や結果を記述して学習成果を共有し、より多様な変化に対応できる柔軟な組織になっていくこと、これが「学習する組織」的なあり方だといえます。
医療・看護業界は、2年に1度、診療報酬改定という大きな変化にさらされており、さらに現在はコロナ禍という非常に厳しい状況が続いています。看護組織において、変化に柔軟に適応していける「学習する組織」への変革に注目が集まっているのは自然な成り行きだといえるでしょう。
それでは、よりよく学習する(≒試行錯誤する)ために必要なことは何でしょうか。
第一に、「自分(たち)は今困っている」「うまくいっていない、失敗している」ということを認めることです。状況・環境に変化が起きていることを受け入れ、「従来のやり方やあり方では太刀打ちできないから変えなければならない」と認めることが、学習の大前提になります。
第二には他者の力を借りることです。自分一人で困難や失敗を冷静に分析することは難しく、結局「自分が悪かったんだ」と抱え込み、心が折れてしまいます。他者の力を借りて、「誰かが悪いのではなく、『この出来事が起こってしまったこと』が問題だ」と考え、問題をいかに分析して解決するか一緒に考えていくことで、適切な学習が進みます。そして、第一の条件、第二の条件を成り立たせるには、管理者が安心感と希望を持って前を向いている状態であることが必要です。
管理者自身が「困難や失敗をひとりで抱え込まずに、周囲の力を借りて、チームで一歩ずつ進んでいこう。そうすれば未来はきっと開けるはずだ」と信じ、組織的な試行錯誤を推進し支援していくことが、より良い組織学習に必要な条件だといえるでしょう。
心理的安全
「わからないこと」や「失敗」を不安なく共有し、そこから対話的に学べるチームの風土
すぐ上の「学習する組織」の項目で説明しているように、よりよく学習するためには、自分たちが今困っている、失敗している、ということを認める必要があります。
しかし、困難や失敗を認めてチームで前向きに取り組むことは、簡単なことではありません。困難や失敗を乗り越えるためには、お互いの持っている情報や考えを出し合い、率直に対話し、議論していく必要がありますが、人はどうしても、困難や失敗に直面すると、それを悪いこと、恥ずかしいことだと感じ、隠そうとしてしまうものです。
ですから組織全体で、「困難や失敗に直面することは、悪いこと恥ずかしいことではなく、むしろ学習のチャンスだ」「悪いのは、困難や失敗から学ぼうとしないことだ」という認識を真に共有することが非常に重要です。
ハーバード大学のA・C・エドモンドソン氏は、困難や失敗から学ぶための率直な対話・コミュニケーションが可能な心理的環境のことを「心理的に安全な環境」と定義しました。チームメンバー一人ひとりが、「他のメンバーが自分の発言を拒絶したり罰を与えたりしない」と確信できていれば、他者からの反応に怯えたり、羞恥心を感じたりすることなく、困難や失敗から学ぶための率直な対話やコミュニケーションが可能になります。これが「心理的安全性」です。
エドモンドソン氏は、対話や学習を阻む対人不安を四つのカテゴリーに分けています。
一つ目は「そんなこともわからないの?」「ちゃんと話を聞いていなかったの?」と言われてしまうのではないかという「無知だと思われる不安」です。
二つ目は、「そんなこともできないのか」と思われてしまうのではないかという「無能だと思われる不安」です。
三つ目は、指摘したり質問したりするときに、「いつも他人の粗探しをしている人」「あの人と一緒に仕事をするのはやりにくい」と思われないかといった「ネガティブと思われる不安」です。
最後が「邪魔をする人だと思われる不安」です。例えば、会議が終わりかけの頃に「少し気になることがあるのですが」と言い出すと、「蒸し返す人」「あの人のせいで会議が長引いた」と思われないかという不安です。
この対人不安は、上下の立場を問わず多くの人が持ちうるもので、個人が自助努力で克服できる性質のものではありません。心理的に安全性の高い個人が存在するわけではなく、心理的に安全性の高い職場があるのです。エドモンドソン氏は、心理的安全性の確保には、10~20名程度の小グループのリーダーの影響が大きいとしています。看護の世界でいえば、部署レベルやチームレベルの環境や風土の影響が一番大きいと考えられます。看護部全体で心理的に安全な環境を作ることは難しく、部署単位、師長と副師長・主任の間、看護部管理室と師長の間、師長会・主任会・委員会など、一つひとつの単位で心理的安全性を積み重ねていったときに、職場全体がある程度心理的に安全な環境になる、といった概念を理解していただければと思います。