石巻赤十字病院のMC実践事例

「学習する看護組織」
づくりへのチャレンジ

2021年8月29日に行われた第25回日本看護管理学会学術集会の「インフォメーション・エクスチェンジ」にて、石巻赤十字病院看護部の皆さんが、「『学習する組織』づくりへのチャレンジ~PDP・MCチャートの活用による『対話』の促進~」というテーマで発表を行いました。

この発表内容をもとにしつつ、発表内では報告できなかったことも交えて、弊社でヒアリングを行いました。

――今回、石巻赤十字病院によるマネジメント・コンパス(以下、MC)導入について、看護管理室と部署管理者という二つの視点からお話を伺いたいと思います。

PDPを知った経緯「困りごと」ばかりが話題に上るジレンマ〜

――まず、貴院においてPDP・MCの導入は、どのような経緯で進んだのでしょうか?

看護部長:
当院ではPDP・MCの導入より以前に、システミック・コーチングを導入しています。「世界一強く、そして優しい病院」というヴィジョンに向けて現場一人ひとりが動き出すため、2017年に組織全体でコーチングを導入しました。現在までコーチ、ステークホルダー経験者は計149名います。

しかし、理想の実現に向けて取り組み始めたものの、うまくいかないことが多くありました。目標達成に向け、相手の可能性を最大化するプロセスとしてコーチングを実施しようとしているのにもかかわらず、実際の対話の中では現場の「困りごと」や「問題」ばかりが話題になり、未来に向けての対話にならないという状況に、私たちは遭遇したのです。

このようにジレンマを抱えていた2018年頃、宮城県看護協会のブロック研修で行われていたPDP研修に参加しました。その際、平林講師から、「現場には『困りごと』がたくさんあり、『困りごと』と『目標』が整理できていない状況がある」という話を聴き、非常に共感しました。こうして、まずは問題解決に取り組まなければならないと気付いた私たちは積極的に研修に参加し、PDPを院内に取り入れることを決めました。


PDPコンサルテーションチームの発足

――PDPの導入は、具体的にはどのような活動から始めたのでしょうか?

看護部長:
多くの管理者が研修でPDPを学んだものの、それだけではなかなか現場では活用されなかったため、何とかPDPを活用できる仕組みや仕掛けを作れないかと考えました。そして、看護部からPDP研修の修了者に声をかけ、「PDPコンサルテーションチーム(以下、PDPチーム)」を発足させました。

このチームには師長や係長に加え、事務職員もいます。コーチングの取り組みのなかで、既に部署や職種を超えて語り合う土台ができていたので、「今度は問題解決の取り組みを一緒にやっていきましょう」と声をかけたところ、すぐに賛同を得ることができました。

PDPチームの試行錯誤と、共に学び合う実感

――続いて、実際にPDPチームで活動している方々にお話を伺いたいと思います。活動をしていくなかで、どのような苦労がありましたか?

師長①:
PDPチームが直面した最初の問題は、依頼がなかなか来ないことでした。現場のスタッフもPDPを何となく知ってはいるのですが、実際にコンサルテーションに至るまでにはなかなかなりませんでした。時間の経過とともに少しずつ件数は増えてきましたが、広報の仕方を変えたり、チームのほうから出向いていったりするなど、コンサルテーションの件数を増やす方法は今も模索中です。

――実際のコンサルテーションには、どのような感触をお持ちですか?

師長②:
コンサルテーションは、現在も試行錯誤の連続です。話題に上った「困りごと」が依頼者自身の困りごとではなかったり、一つの「困りごと」に対して様々な立場で困っている人がいたりすると、分析もそれぞれ異なってくると気づきました。例えば「残業が多い」という「困りごと」も、スタッフが困っているのか、師長が困っているのかによって、具体的な方策が変わってきます。今後は、誰の「困りごと」なのかを明確にしたうえで分析を進めていこうと、チームの方針が定まりました。

――印象に残っている事例などはありますか?

師長②:
自身が師長として直面している「困りごと」についてコンサルテーションをしてもらったときのことが印象に残っています。自部署ということでどうしても先入観を持って解決策を考えてしまうところに、他部署の人や違う立場の人が入り、客観的な質問や意見をもらうことで、具体的な解決策が見えてきて、非常にすっきりしました。

係長①:
事例を重ねていくなかで感じるのは、コンサルテーションがうまくいった事例よりも、先ほどお話しした「様々な人の立ち位置での困りごとが出てきた」という事例のように、私たちPDPチームも悩んだり困ったりした場合のほうが印象に残っているということです。

師長①:
そういう事例は、依頼者と共に、私たちPDPチームも学んでいるのだと感じますね。


MCの導入MCチャート推進チームの設置〜

――そのような形でPDPによる問題解決に取り組みながら、2020年度からはMCを導入されたのですね。

看護部長:
はい。問題解決も大事ですが、やはり組織全体の当初の目的をかなえるためにも、一人ひとりが「やりたいこと」を見出して、活き活きとその「目標」に向かって取り組むことができるよう、管理者としても支援していきたいと考えていました。研修でMCに出会った際、「困りごと」と「目標」をきちんと分けて、自分たちで取り組むという考えが腑に落ち、PDPも使いこなしているとは言えない状況でしたが、「MCチャート推進チーム(以下、MCチーム)」を立ち上げ、導入を開始しました。MCチームも、PDPチームと同様、様々な部署と立場のメンバーで構成されています。

自分たちの目指す「学習する組織」を思い描く

――MCチームが現在力を入れていることとして「ワクワク目標」という取り組みがあるとお聞きしています。こちらはどのような経緯で始まったのでしょうか?

看護部長:
MCチーム最初の取り組みとして、自分たちが目指す「学習する組織」の姿を明確にするために、PDPチームと共に自分たちのMCチャートを書いてみました。すると、「新人はやはり遠慮してしまう」や、「全員が自分の言いたいことをのびのびと言える組織になるといい」などのような意見が挙がり、皆が「心理的安全を担保された状態でコミュニケーションを取ることのできる組織」をイメージしていることがわかりました。さらにチーム内で話し合いを重ねるなかで、「5~6年目のリーダークラスの看護師たちが、現場で活き活きと自分のやりたいことを語れるようになる」という「目標」が出ました。そこで、当院では各自のやりたいことを「ワクワク目標」と名づけ、「リーダークラスが『ワクワク目標』を立てられるようにしよう」という「目標」が決まりました。管理室が決めるのではなく、現場の「こういう組織になりたい」という考えから形になった、MCチャートで言う「自発的な目標」だと考えています。

「ワクワク目標」を引き出す方策の模索

――そのようにボトムアップ的に出てきた「ワクワク目標」という「自発的な目標」に対して、MCチャートをどのように用いましたか?

看護副部長:
MCチャートを用いて、「ワクワク目標」という「自発的な目標」を実現するためのステップを設計しました。第一のステップとして、まずは各部署の目指す「目標」を、対話を通して組み立てていくために、MCチームが各部署へのヒアリングを行いました。この次は「目標」への取り組みの進捗確認に回ることになっていますが、進捗をどう確認するかが課題となっています。

看護部長:
また、ヒアリングを重ねるなかで、実際には「ワクワク目標」が出しにくいということも課題として見えてきました。中には「ワクワク目標」という言葉に惹かれて、「目標」が考えやすくなったという意見もある一方で、やはり「目標」よりも「困りごと」や「対策」が頭にあり、「やりたいこと」や「目標」が思い浮かばないという声も多かったことも事実でした。

そこで、次のステップとして、実際に現場で活動する係長クラスが主体となって、他のスタッフと自分の理想とする看護観について語り合い、よりボトムアップ型で「目標」を引き出せるような形を考えています。そのための方策として、MCチームに入っている係長たちから、「各部署の係長たちを集め、各部署での取り組みを共有する機会を設けよう」という提案があり、現在取り組んでいます。

MC推進の現状と課題

――それでは実際にMCチームで活動する方々にお話を伺います。現場でMCチャートを運用してみて、どのように感じていますか?

係長②:
MCチャートの導入準備は2020年からしていましたが、2021年度に初めて、実際にMCチャートを運用して「目標」を立てました。私たち現場の人間は看護目標が管理者から下りてくることに慣れていたので、自部署をどのように分析し、「目標」を言葉に落とし込んでいけば良いのか、日々試行錯誤しています。

――他の皆さんからの反応はいかがでしょうか?

係長②:
理想とする看護観について語り合う係長会でも、「従来、目標は上から下りてくるものだった分、自分たちで考えることが難しい」という意見は多く出ていますね。このような思考をどう柔らかくしていくかが直近の課題です。

師長③:
私の部署のリーダークラスに感触を尋ねたところ、MCチャートを用いて、自分の「ワクワク目標」を順調に進められているようです。また、「目標」だけではなく、今まで一人で抱えてしまっていた部署の「問題」や「困りごと」のほうも、その問題を解決するのが得意そうな人にうまく委譲することで、楽しく進められていると報告がありました。「目標」と「問題」を切り分けられたことが良かったようです。また、目標達成に期限があるわけではないので、長期での進め方を考えられるようになった点にも、手ごたえを感じているようです。

係長③:
私の部署では依然として「問題」に目が行きがちなようです。「やりたいこと」に目を向けさせるようサポートしていますが、「問題」と「やりたいこと」を切り離して考えることが難しいという声も多いです。目の前の課題を分析し、もう少し細分化していくことができれば変わっていくかもしれないので、引き続きサポートを続けていきます。

――ありがとうございます。MCが活用され、楽しそうに目標管理に取り組まれているとお聞きすると、私たちもうれしく思います。


PDP・MC導入によって変化したと感じること

――次に、PDP・MCを導入し、変わったと感じることはありますでしょうか?

師長②:
以前までは、自部署の「問題」や「目標」は自分たちだけで解決しなければならないと思い、抱え込んでいたのですが、PDPチームやMCチームなど、自部署以外の人たちと一緒に落としどころを考えることのできる機会が増えたことが最も大きな変化だと感じています。自部署のMCチャートを師長・係長で書いていた際、副部長のところに行き「ここで詰まっているのですが……」と相談し、一緒に考えていくことができた経験は、非常に印象に残っています。

看護副部長:
師長さんとの対話の機会は、明らかに増えましたね。

師長③:
はい、対話の機会はやはり増えたと思います。また、2020年からPDPチームのコンサルティングを受けているのですが、自部署では「困りごと」だと考えていたことが、客観的な意見をもらい、分析することで「これが『困りごと』ではなかったのだな」と気付いたりもできるようになりました。

――他にも何かありますでしょうか?

係長①:
私は管理者になってまだ1年足らずで、問題解決をする際についスタッフ目線で考えがちだったのですが、PDPやMCに携わることで、感情的になるのではなく、論理的に状況を見る力が鍛えられたと感じています。

師長③:
たしかに、管理者としての目線が定まってきたと感じます。目標の設定やステップ設計がうまくいっていないチームやリーダーもいますが、「できない」ではなく「どうしたらできるか」を考え、それぞれの進み具合によって、今はPDPで問題解決を優先するべきなのか、MCで目標達成を目指すべきなのかを分けることで、管理者としてのさじ加減がわかるようになってきました。短いスパンで「今できること」に取り組み、ある程度まで達成できたら目標を変えるなど、少しずつ進んでいると感じます。その結果、スタッフに無理をさせずに済むようになったと思います。

看護部長:
MCを導入するまで、目標管理は、全体に向けて共通の年間目標を立て、中間評価を行い、年度末にも評価を行うという「画一的に進む」ものでした。ところが、COVID-19により様々な変化を強いられるなかで、部署の運用も大きく変わりました。COVID-19に限らず、これからも様々な事情により、年度で決めた通りに進められなくなることはあると思いますが、「今できることから進めていこう」という考え方ができるようになったことは、大きいと思っています。


対話が「学習する組織」への原動力になることを願って

――最後に、今後の展望をお聞かせください。

看護部長:
今回集まったメンバーは推進する側が中心です。実際には、長く染み付いた考え方や価値観から抜け出すことはなかなか難しいので、組織として以前までの考え方から抜け出すにはまだまだ時間がかかるでしょう。現状、PDPやMCがうまくいっていると感じることもあれば、戸惑ってしまうことも多々あります。

ただ、今のところは、そのように明確な手応えや成果を発表できない状態でもいいと思っています。何かの方法論にとらわれるより、とにかく対話を重ねながら皆で一緒に考えていくことが重要で、方法論は対話のきっかけだと考えています。その点でPDPとMCは、私たちにフィットしているツールだと感じます。

今後は、上下のラインの支援に力を入れるだけでなく、同じ職位同士でも、より一層皆がアイデアを出し合い、相談し合える組織を目指したいと思っています。研修を行って理解者を増やすより、対話の量が増え、対話の質が向上することを目的とした手段や仕掛けを動かすことで、オンゴーイングで成果につなげていきたいと思っています。今後も、試行錯誤を重ねながら、誰かとの対話が「学習する組織」づくりの原動力となることを期待しています。

――ありがとうございました。今回は、PDP・MCを活用している様々な立場の方の実際の声をお聞きすることができ、たいへん有意義な機会になりました。私たちも皆さんと一緒に頑張っていきたいと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。


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